海岸沿いの砂漠の世界

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desierto costero, una vista desde el Morro

— ここには、記念写真におさめられた2次元の世界をはるかに超える体験があるのです。このたぐい稀な空間で、砂のひと粒ひと粒が、太陽の光のひと筋ひと筋が、ひと吹きの風が、蜘蛛が、カタツムリが、小さな甲虫やトカゲが、生態系を織り成し、それぞれが生き残っていくために、花々や植物たちとともに静かに努力を続けているのです。—

カルデラ地区の海岸沿いの地域は、その特徴や気候条件を同じくする広大なエリアのごく一部です。ここで植物が生息する地域は、その成り立ちから、「タルタル(チリ北部アントファガスタ州内の地域名)の海岸沿い砂漠」 (Gajardo, 1994)として知られています。

この地域は、チリ海岸山脈(アンデス山脈と平行に走る海岸沿いの山脈)のすそ野と太平洋にはさまれ、山腹の斜面が起伏をうみ、峡谷とその狭間の盆地、断崖、そして平原など多様な地形に恵まれています。気候は、沖を流れるフンボルト海流(寒流)の影響を強く受けており、海岸山脈と太平洋の相互作用の結果、降雨量は少なく、朝の時間帯はおおむね曇天となります。このような気候は「チリ北部のカマンチャカ(La Camanchaca)」と呼ばれています。このため、カルデラ区では、平均すると1年のうち321日間はなんらかの形で空が雲に覆われており、快晴となるのはたった44日間です(Libro Rojo de la Flora Nativa)。

数年ごとに起こるエル・ニーニョ現象により、海流に暖水が流れ込んで海面水温が高くなり海岸に沿って北部へと流れて行くと、フンボルト海流の冷たい水が海域の外や海底へと押し流され、海洋の気温に影響を与えます。この現象の期間や密度によって、海面に蒸気が発生し、この地域に冬の雨をもたらします。エル・ニーニョ現象が発生するのは一定間隔ごとではありますが、どの年が雨の多い年になるかを予測することは難しいため、「砂漠の花畑(Desierto Florido)」の現象の予測はほぼ不可能といえます。

海岸沿いの砂漠地域は、乾燥した不毛の地ではなく、その正反対といってもいいほどです。カマンチャカのおかげで、毎日ある程度の湿気が確保されており、これに加えて、この地に暮らす花々や植物が環境に応じて進化させた高度な仕組みによって、種を増やすための環境が十分に整うまでの間、生き延びることができるようになっています。こうした植物は、「海岸砂漠地帯の永久花」と呼ばれています。

地中深くまで伸びた根や、表面がコーティングされた根、多肉性の根や塊根、根の幹が木質のもの、縦に溝があるものや剥離するもの、根の導水管がろう状やフェルト状に覆われているものや毛やとげで覆われているもの、球根など地下性のもの、根状茎のもの、しっかりとコーティングされているもの。そして小型の葉、不透過性の葉、葉が非常に多いもの、細かな毛で覆われている葉、らせん状になっている葉、垂直型の葉、曲がった形状の葉。表皮が半透明になっているものは、日光量に対して敏感に反応しますし、丈が低いものは直射日光をあびるための表皮面積が少ないので、地平に這って広がることで、他の機能とあいまって種の存続を可能にします。

2013年11月時点、チリ気象庁は、年間降雨量として、主に6月のカマンチャカが原因とされる0.6ミリの降雨を記録しました。一方で、1997年には、年間120ミリの降雨が記録されています。このような落差を前にすると、次のような疑問がわいてきます。 「こんなに差のある降雨量で、花はどうなるの?」「雨が降れば"砂漠の花畑現象"は必ず見られるの?」「砂漠の花畑はいつ起こるの?」「どこで起こるの?」

植物や花はさまざまなものから影響を受けますので、こうした疑問に答えるとしたら、これまでの記録から推測するしかない、ということになるでしょう。つまり、過去の記録に基づき、次の雨期が過去と同様に起こると考えて、試行錯誤しつつ分類するわけです。

しかしながら、いうまでもなく降水量のほかの要因もあるわけで、発芽や開花には、必要最小限の種子があることや、ある一定以上の気温が確保されること、などが欠かせません。植物が生えない原因にはさまざまなものがありますが、水不足の期間が長すぎて種子が生存できなかったり、種子が地中深くに入り込みすぎて地表に出ることができなかったり、といったことがあげられます。同様に、気温も発芽に影響を与えたり、発芽や開花のサイクルを混乱させたりします。

さらには、外的要因もあります。土地の形状(平原なのか峡谷なのか、山腹か、方角はどちら向きか、砂状なのか石が多いのか、など)や、風向きや風の強さ、降雨の回数や強さ、そしてこうした要因のバラつき、気温などです。

例えば、冬場に、峡谷でカマンチャカを含め約10mmの降雨があったとすると、一年草を中心に色とりどりの花々がここそこに開花し、多年草も開花する可能性が高くなります。一方、平原では、ほぼ同じ条件ではヘリオトロピウムの仲間が緑に色づき、パタ・デ・グアナコの花が咲くといった程度に終わるでしょう。このように、砂漠の花々や植物の行く末を予測できないということは、言うなれば訪れる人々を魔法が待ち構えているようなものです。この地では、先のことをなにひとつ予測できませんが、砂漠の名だたる生き物たちにそこはかとない思いを寄せる人々にだけは、こうした生き物たちが保ち続ける、壊れそうなバランスを理解しようとする中にこそ、本当の美しさが見えるのだ、ということがわかるのです。

ここには、記念写真におさめられた2次元の世界をはるかに超える体験があるのです。このたぐい稀な空間で、砂のひと粒ひと粒が、太陽の光のひと筋ひと筋が、ひと吹きの風が、蜘蛛が、カタツムリが、小さな甲虫やトカゲが、生態系を織り成し、それぞれが生き残っていくために、花々や植物たちとともに静かに努力を続けているのです

Contreras.M,Cea Villablanca.A & Marambio-Alfaro.Y(2014).Flores de la comuna de Caldera,Región de Atacama.